さくら

昔 住んでいた家。

桜の木。

両親が結婚をした記念に植えた桜。

母親が、永遠にまぶたを閉じて、

われわれもまっくらな気持ちになって

それでも、咲き誇る桜の木。

嘘くさくて、幻想的で、

何かをごまかそうとしている様子。

以来、27年間、桜が大嫌いだった。

変わらないその姿に静かな怒りを覚えていた。

::::::::::::::

毎年、桜の季節には、仕事でたくさんの高校を巡る。

最近、なぜかこれまでと、違う想いを抱くようになった。

その理由をはたと考えて、そういうことか?と納得する。

桜のしたには、笑顔がある。

希望がある。

その美しさを誰かと共有したい、という想いがある。

そして、その季節には大きな決意がある。

心のありようによっては、絶望しかない人生に、

そういう未来をみせてくれる。

はじめて、舞い散る桜が

悲惨である人間の人生そのものを

励ましているのではないか?

そういう風に感じた。

嘘くさかったり、変に幻想的だったり、

それでも、よい、と思う。

純粋に美しいもの、よりも

はるかに現実味があって、ホンモノな感じがする。

おもえば、5月で母親の27回忌だ。

27年経って、はじめて桜の花に胸襟を開くことができた、

そんな気がした春の日だった。

w709.jpg


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。